Currents. Journal
AIと業務設計

「まず業務を整理してから」が遠回りになる理由 — Level飛ばしという考え方

2026-07-01 ・ 著: mizuki

業務にAIを入れようとすると、たいてい最初に言われるのが「まず業務を整理してからですね」だ。

業務フローを可視化して、手順を標準化して、マニュアルを作って、それからAIに乗せる。この順序は正しく見える。業務改善の教科書にもそう書いてある。

問題は、この「まず整理してから」で止まる会社が非常に多いことだ。整理する余裕がないから属人化しているのに、整理を前提条件にしたら永遠に始まらない。

成熟度モデルの「順序の前提」

業務プロセスの成熟度を測るフレームワークに、COBITの成熟度モデルがある。レベル0(プロセスの概念すらない)からレベル5(継続的改善)まで、6段階で整理されている。

このモデルの前提は「順序」だ。標準化(レベル3)なしに管理(レベル4)はできないし、管理なしに最適化(レベル5)はない。一段ずつ上がるのが正しい道筋とされている。

多くのAI導入の議論も、この前提をそのまま踏襲している。「まず業務を整理してから(レベル3に上げてから)、AIを乗せましょう」というアドバイスだ。

AIがこの前提を崩した

ところが、AIによってこの「順序の前提」が崩れる場面が出てきた。

属人知——ベテランの頭の中にある判断パターン——を、標準化も文書化もせずに、直接AIに渡せるようになったからだ。レベル1(属人的・場当たり対応)の状態から、一足飛びにレベル5相当の再現性を持てる。これを「Level飛ばし」と呼んでいる。

従来、ある人の判断ロジックをAI化しようとすると、まず頭の中を文書化して、標準化して、再現可能な形にする必要があった。それが業務改善に何年もかかっていた理由だ。

AIはこの制約を外す。ベテランに「こういう案件が来たらどう判断する?」と聞いて、その回答をそのままAIの判断基準に落とせる。完璧な文書がなくても、AIは動ける。

実際に起きたこと

ある担当者が、自分の業務にAIを入れ始めた。最初は「すごいよちよち」だった。案内状から情報を拾って指示書に転記するときの情報抽出や、アンケート内の有害情報の確認。小さな作業からだ。

本人の言葉をそのまま引くと:

「試行錯誤してきたものを全部突っ込み始めてて、同じアウトプット出してるけどだいぶ業務ストレス減ってきてる」

ここで起きていることが、まさにLevel飛ばしだ。標準化も文書化もしていない。「試行錯誤してきたもの」をそのままAIに渡して、同じアウトプットが出ている。

面白いのは、ベテランが自分のノウハウをAIに渡すことへの抵抗がなかったこと。「自分のスキルが奪われる」という不安は、第三者が仕組み化するときに起きやすい。本人が自分で触って、自分で効果を体感して、自分で広げている場合、抵抗が生まれにくい。

整理がなくなるわけではない

Level飛ばしは「整理しなくていい」という意味ではない。整理の順序が変わる、ということだ。

従来は、整理してから使う。Level飛ばしでは、使いながら整理される。AIに判断を任せてみて、間違えたところを直す。直すたびに判断基準が明確になっていく。結果として、型化と標準化が後からついてくる。

ただし、この設計が成立するにはいくつか条件がある。

第一に、AIに渡すのは「取り返しのつく範囲」に限ること。読み取り、整理、振り分け、下書きまで。確定や送信は人が握る。ここは前の記事で書いた境界の話と同じだ。

第二に、AIが間違えたときに誰がどう直すかを決めておくこと。Level飛ばしは「良い判断」だけでなく「悪い判断」も一緒に移植するリスクがある。検品の仕組みがないと、間違いが静かに広がる。

第三に、「AIモデルへの属人化」に置き換わらないようにすること。ベテランの頭の中がAIに移っただけで、AIの設定を触れる人が一人しかいないなら、属人化の形が変わっただけだ。判断基準をチームで共有できる形に残す工夫が要る。

どこでこのアプローチが効くか

Level飛ばしが特に効くのは、こういう組織だ。

整理する余裕がない。でもベテランの頭の中には判断の蓄積がある。少人数で回していて、標準化を先にやっていたら何年もかかる。

逆に向かないのは、判断基準が毎回まったく異なる業務や、そもそも誰の頭にも基準がない業務。その場合に先にやるべきは、AIの導入ではなく、基準を決めることのほうだ。

攻略法が変わった

「まず整理してから」が間違いだとは言わない。余裕があるなら、先に整理したほうが確実だ。

ただ、余裕がない現場に「まず整理してから」と言うのは、水に溺れている人に「まず泳ぎ方を学んでから」と言うのに近い。動けるところから動いて、動きながら形にしていく。そのほうが実際に回る場面がある。

整理がなくなるわけではない。整理の順序と、攻略法が変わった。それがAIによって業務設計に起きた一番大きな変化だと思っている。

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